小学生の頃、学校が終わった後の校庭で遊んでいると水飲み場の修理のような事で来ている一人のおじさんがいました。
僕と友達は二人でそのおじさんに付きまとうようにしていろいろと話し掛けたりしていました。
おじさんも僕らを気に入ってくれて、何だかんだと面白おかしく話したり遊んだりしてくれました。
おじさんが「ほら、見てごらん」と言って手を見せると片手の小指と薬指が無いのです。
何かの事故で失った、というよりは雰囲気から察するに恐らくは過去に任侠の世界にいた人なのだろうと思います。
当時の僕らはそんな事は解らず
「本当だ〜」
「もう一回見せてー」
「触っていい?」
などと面白がっていました。
そのおじさんは、大人が子供に合わせて遊ぶというよりは自分自身も無邪気に一緒になって遊ぶ感じで、僕らにとって本当の友達が出来たような気がしました。
その日たまたま一人での作業だったのかもしれないけれど、僕は勝手に
「いつも一人で淋しいのかもしれない」
と思ったりしました。
夕方になりおじさんの作業も終わり僕らもそろそろ家に帰ろうかという時、気を良くしたおじさんは
「僕たちお菓子買ってやるよ」
と言ってきました。
それは嬉しく思ったのですが
「好きなお菓子を買ってやるから、車で一緒に行こう!」
と言うのです。
…そうなると話は変わってきます。
僕達子供は「知らない人に付いて行ってはいけない」と教わってますから。
僕らは困りました。
「さっきまで仲の良かったおじさんにそんな気持ちを抱くのは失礼だ」
という気持ちと
「本当は人さらいなんじゃないだろうか?」
という悪い疑いが混ざり合ってきました。
そうすると指が無い事も何だか急に怖く思えてきました。
おじさんの方は屈託なく「ほら行こうよ」と誘ってきます。
僕らが何となく口ごもったり行きづらそうにしているのを見て、おじさんの方も何かを察知した様子になり
「うん…そっか……よし、じゃぁちょっと買って来るから待っててな?この辺りだとどこに売ってるんだい?」
と、車を急発進させて行ってしまいました。
残った僕らは何となくその場で遊んでましたが夕方でもあるし
「もうおじさん戻って来ないんじゃん?」
「どーする?帰る?」
なんて話にもなってきました。
見知らぬおじさんがわざわざ自分達の為にお菓子の買い出しに行って帰ってくるなんて考えづらい事のように思えて来たのです。
しかし車は砂煙を上げて帰ってきました。
「ほら、これでいいかな?こんなのだけどさ」
などと言いながらコーヒー味のガムと小さいスナック菓子をくれ、バイバイしました。
結局良いおじさんだったんだ…
きっとコーヒー味のガムを選んだのはおじさんなりに考えたのだと思う…
普通のミント味じゃ子供は辛く感じるだろうから、と。
長方形にピッチリと包装されたコーヒーガムは、それでも僕らにとっては少し大人びたお菓子のように思えました。
それはあまり子供に慣れてない、少し不器用な大人が子供の好みを頑張って考えて選んだようなものに思えました。
お菓子を貰って嬉しい筈なのに
そんな事よりおじさんを疑ってしまった自分に対する自己嫌悪の気持ちでいっぱいになりました。
でもその日会った人に付いて行くなんてやっぱりあり得ない事だし…
…仕方がない。
仕方がないのだけど、
悪いことしちゃったな…
ただただ、
「ごめんね」と言いたかったな…
夕暮れの校庭を後に自転車を漕ぎ出す僕ら
ポケットにはおじさんからもらったガム
今日の晩ごはんは何だろう
KS